源氏物語について |
源氏物語は平安時代・11世紀の始め頃に書かれた長編恋愛小説です。全体は五十四帖あり、大きく分けて三部構成になっています。 |
源氏物語あらすじ |
◆ 第一部・あらすじ 桐壺」から「藤裏葉」 ◆第二部・あらすじ 「若菜上」から「幻」 |
紫式部について |
紫式部の父は越後守藤原為時、母は藤原為信女で、天延元年(973)頃に誕生したと思われます。両親は歌人・学者の流れをくむ家系で、幼少のころより文才にすぐれていたといいます。長徳4年(998)頃に藤原宣孝と結婚して一女を産んでいますが、長保3(1001)年には夫と死別、その後に『源氏物語』を書き始めたとされています。 寛弘2(1005)年か翌年には、一条天皇の中宮彰子(藤原道長の娘)のもとに女房兼家庭教師役として仕えたと言われています。この宮仕え中の日記が「紫式部日記です。この日記には、寛弘5年(1008)に「源氏物語」と思われる物語の記述があり、そのころには源氏物語がある程度完成していたと考えられます。いつまで宮仕えをしていたかは不明ですが、40歳余りで亡くなったとされています。 |
紫式部ゆかりの地 |
■廬山寺 京都御所に程近い廬山寺は、紫式部の邸があった場所とされています。 ここは、紫式部の曽祖父である歌人・藤原兼輔の邸があった場所です。紫式部はここで、『源氏物語』を執筆したといわれています。 物語で、光源氏が空蝉と出逢った紀伊守邸は、紫式部の邸がモデルになったようです。境内には紫式部邸顕彰碑が立てられ、「源氏の庭」も造られ、桔梗の名所として知られています。 ■上京区寺町通広小路上ル1丁目北ノ辺町397 ■市バス 府立医大病院前下車 |
紫式部の墓所は、北大路通堀川下るの通りからも奥まった目立たない所にひっそりと建っています。右側には「小野篁卿墓」があります。 |
宇治十帖をめぐる |
ゆかりの地をめぐる |